金大中、「行動しない良心は悪の味方」
6・15宣言9周年講演-「国政基調を変えなければ、政府も国民も不幸に」
»金大中元大統領が11日夜、ソウル汝矣島の63ビル国際会議場で開かれた6・15南北共同宣言9周年を記念する特別講演会で、李明博政権における南北政策の失敗と民主主義の後退を指摘する演説をしている。タク・キヒョン専任記者
金大中元大統領は11日、「過去50年間、血を流して勝ち取った民主主義が危うい状態にあり、とても憂慮される」とし、「傍観するのは悪の味方」「悲痛な心情で言うが、行動しない良心は悪の味方」だと語った。
[ハニTV]6・15宣言9周年講演
金大中元大統領はこの日、ソウル汝矣島にある63ビルの国際会議場で開かれた6・15南北共同宣言9周年記念特別演説で、「今、いたるところで李明博政権が民主主義を逆行させているという話が出る」と話した。
金大中元大統領は、この日のために準備された原稿もなく行った即興の演説で、李承晩・朴正煕・全斗煥政権を例に「韓国の国民は独裁者が出てきたとき、これを克服し、民主主義を回復したということを忘れてはならない」と強調した。彼は「自由な国を作るには、(国民が)正しく行動する良心にならないければならない」「独裁者にひれ伏して追従することを許してはならない」と述べた。
また「政治を長くやった私の経験と感覚からすると、もし李明博政府が現在と同じ道へ進むのなら、李明博政府も、国民もすべてが不幸になる」「李明博大統領が重大な決断をすることを熱望する」と話した。
盧前大統領の逝去に関して「正しく生きてきた人々が、罪もないのにこの世を去り、様々な苦難を受けている」「盧前大統領が苦難を経たとき、500万の弔問客の10分の1でも立ち上がって『前大統領を侮辱したり、このような捜査をしてはならない』と署名していたら、盧前大統領は死ななかったかもしれない」と語った。
南北関係に関して「元大統領が合意した6・15と10・4宣言を、李明博大統領は必ず守らなければならないと強く忠告する」「(昨年7月)金剛山観光事業から一方的に撤収したのを再び復旧し、開城公団に労働者の寮を建てるとした約束も守らなければならない」と語った。
また、最近の朝鮮半島情勢に関して「北朝鮮では毎日のように韓国に武力対応すると言っている。世界中で60年もこのような状態にある国がどこにあるのか」「李明博大統領は、韓国国民がどれだけ不安な状態で暮らしているのか知るべきだ」と述べた。金大中元大統領は「(北朝鮮が)核兵器反対は六カ国協議でするべきで、絶対に戦争の道を進んではならない」と強調し、続いて「民主主義と平和な南北関係を守ることに皆で立ち上がろう」と国民に訴えた。
この日の行事では、国民の政府(金大中政権)と参与政府(盧武鉉政権)時代の高官、駐韓外交使節、チョン・セギュン民主党代表、カン・ギカプ民主労働党代表、ムン・グッキョン創造韓国党代表、ノ・フェチャン進歩新党代表など、各界の名士1000人余りが参加した。
グォン・ヒョクチョル記者、イ・ジェフン記者
ファシズムXの誕生
『ハンギョレ21』[2009.06.12第764号]
類似ファシズム、新自由主義公安国家、ファシズム・フレンドリー…
規定するにはまだ早いが“ファシズム傾向”は急増
▣アン・スチャン
「大衆の理解力はきわめて小さく、忘れてしまう能力は卓越している」(ヒトラー『我が闘争』)
»今年4月7日、ソウル東橋洞の金大中図書館前で国民行動本部、ライトコリアなど保守団体の会員が太陽政策を批判するデモを行っている。写真・聯合ニュース/ジン・ソンチョル
50万人余りの市民が炎天下に立ち、盧武鉉前大統領の葬儀を見守った。5月29日、路上や広場に「自ら」出てきた人々を、李明博大統領がどう見たのかは、まだ明らかにされていない。だが「親李明博」的な政治家たちの胸中には、このような判断がとぐろを巻いている。「去年のロウソク政局を振り返れば、答えは出てくる。今、米国産牛肉を食べながら狂牛病の心配をする人がいるだろうか。国民が感性に押し流され、狂風が吹き荒れたが、それ自体も忘れた国民は多いのだ。盧武鉉弔問政局という狂風もやはり、情の深い国民が再び通り過ぎる事変だ」
言葉の論理をそのまま結論付けるならば、今は盧前大統領を追慕していても、やがて忘れて静かになるだろうということだ。こう話したハンナラ党のチャン・グァングン事務総長は、李明博大統領候補の予備選キャンプのスポークスマンを務めていた。ひょっとすると失言ではないのか?この発言がなされたのは6月3日、事務総長の離・就任式でのことだった。就任の辞を腹立ち紛れに言い放つ者はいない。すでにアン・サンス新任院内代表が5月27日に「国民葬を政治的に利用する勢力が存在し、騒擾事態が起こるのではないかと心配」だと発言し、野党の強い反発を巻き起こした後だった。他の者がどういう言葉であれ、繰り返して公言したのであれば、“失言”ではなく“信念”とみなす方が正しいだろう。
「親李」系列が掌握しているハンナラ党院内指導部は、6月4日に議員研鑽会を開いた。「進歩・左派・親北勢力である花蛇(美人局)はほっといて、本妻をかまってやれ」と発言したのは、招請講演者のソン・デソン世宗研究所所長。院内指導部が選び抜いて招待したのだった。国政監査や国会本会の質問で、相手の発言を中断してヤジを飛ばすのが国会議員の習性だ。この日、参加した140人余りのハンナラ党議員の多数は、講演を最後まで傾聴した。「荒唐無稽だ」と抗議したり、退場した議員は数名にどとまった。多数のハンナラ党議員にとって「花蛇論」は、ヤジを飛ばしながら聞く話ではなかった。
青瓦台のある主席室関係者は「盧前大統領に対する追慕の熱気は、左派放送の影響もあるので、絶対に触れてはならないというのが内部の雰囲気」だと最近の状況を伝えた。「メディア法通過に総力を傾けるという国政方向にも変化はない」と付け加えた。今の李明博大統領は、市民の追慕の熱気、教授たちの時局宣言、政府に批判的な世論調査結果などをすべて排斥している。これは「独走」だ。だが、「独裁」と呼ぶ者も増えている。
批判世論は聞かない。集会・デモは禁止する。現在、人々は操作されているだけなので、しばらくしてから大衆を操作する者たちを処罰すればいい…。青瓦台のこのような認識から「ファシズム」を読みとる声もついに沸きあがった。李明博政府の本当の正体は何なのか?
「二つの条件と、一つの戦略が結合した場合、李明博政権は新しい“ファシズムX”体制に転換する可能性がある」(季刊『文化科学』2009年夏号)
『文化科学』は学術誌だ。30人の学者が諮問委員および編集委員として参加している。編集委員会共同名義の文章が、最新号に載せられ、李明博政権が“ファシズムX”に突然変異する可能性を警告した。学者たちが集団で「ファシズム」の概念を使って現政府を公式に呼んだのは、今回が初めてだ。学会ではファシズムを無闇に規定することを避けている。右派勢力を侮辱するのにファシズムという用語を気軽に使ってしまえば、本当のファシズムが登場したときに「オオカミ少年」になりかねない。
“ファシズムX”は既存のファシズムとは少し違う。留保的な概念であり、李明博政権が必ずしもファシズム政権であるということではないが、これからそう変わっていくかもしれないという意味だ。その形態が過去のドイツ・イタリアのファシズムとは少し違うという点で、未知のものを警告する概念でもある。『文化科学』は現政府が“ファシズムX”に変化する「様々な条件と要素が顕著に現れはじめている」と明らかにした。
まず、韓国経済が今年の下半期に“U”字型に転換できずに“L”字型で停滞した場合、また大多数の国民が脱政治化して日常生活の問題にのみ汲々とした場合、そして右派が抑圧・統制によってこのような状況を突破した場合、「世界で初めて新自由主義解体期の“ファシズムX”が、韓国で誕生するかもしれない」ということだ。
»5月3日、ソウル大人文学部の講義室で、民主主義の後退を憂慮するソウル大教授たちが時局宣言を発表中、保守団体の会員が記者会見場に入って壇上を埋めた。写真『ハンギョレ21』リュ・ウジョン記者
ファシズムは、広範な「ファシズム大衆運動」を愛犬のように連れ歩いている。そのような右翼社会運動が韓国で可能なのか?『文化科学』の説明はこうだ。△長期沈滞により市場から締め出された600万人以上の自営業者△100万人に至る失業者および850万人に至る非正規職△潜在的失業者でありながらも消費資本主義に染まった20代、などが右翼社会運動の基盤になる可能性がある。ここに李明博政府の支持率30%を支える堅固な保守層(右派プロテスタント・50代以上の老年層・嶺南地域
*出身者)が中核になり、ニューライト団体が焚き付けの役割を果たす。
これと関連した今年3月の国民行動本部傘下の「愛国機動隊」の発足は、小さいが注目に値するものだ。海兵隊・特戦司(特殊戦司令部)出身の90人余りで構成された愛国機動隊は、発足宣言で「反憲法的左翼暴徒どもと闘う」「左翼どのも破倫的テロに対して正当防衛的自衛権を行使する」「連邦制統一を主張する従北反逆勢力を共同体の敵と規定し、これらを除去することに命を捧げる」ことなどを“誓った”。宣言文のみを見るならば、極右の突撃隊を連想させる。発足式直後には、武術の公開演技もあった。
ファシズムは強力な国家統制を特徴としている。『文化科学』は「MB悪法」に注目している。国政院法改定(国内情報収集権限の拡大、国家秘密範囲の拡大)、集会・示威法改正(マスク着用禁止)、新聞・放送法改正(新聞・放送の兼営許容、大企業の地上波持分の拡大)、通信秘密保護法改正(監聴権限の強化)などは個人の自由と密接に関連している。
関連法が改正されれば、表現の自由のあらゆる領域を「合法的に」封じることができる。そして最近の北朝鮮の核危機による南北対決局面は、「外部の敵」を動員する恐怖政治の基盤になりかねない。『文化科学』の発行人であるカン・ネヒ中央大教授(英文学)は「ヒトラーのナチズムは政権をまず掌握し、次に右翼大衆運動を起こした」「李明博政府の執権基盤にも、“局面”に対する判断によっては新しい形の“ファシズムX”が登場する可能性がある」と語った。
「自由主義と左派に対する敵対感、敵と規定した対象を破壊するためならどんなことも辞さないという意志を媒介に誕生した合成物が、ファシズム政権だ」(ロバート・パクストン『ファシズムの解剖学』)
李明博政府は本当に“ファシズムX”政権へ向かう一本筋の道を歩んでいるのだろうか?性向が少しずつ異なる政治学者たちに聞いてみたが、そのような規定はまだ早いと指摘した。しかし、“ファシズム的傾向”は急増していると口をそろえた。
フマニタスのパク・サンフン代表(政治学博士)は「現政権が本当にファシスト政権ならば、すべての勢力が連合してこれを阻止しなければならないが、そのようにきっちりと規定してしまうと左派勢力内の健全な“違い”が消え、一種の“反ファシスト戦線”のみが優勢になってしまう」と憂慮した。しかし、「民主主義に恐怖を感じながら大衆を動員し、反動を起こさなければならないと権力が判断したなら、これを“類似ファシズム”と呼ぶことができる」と語った。
コ・セフン高麗大教授(公共行政学)も「権威主義を長い間経験した韓国市民の抵抗を念頭に置くなら、露骨なファシズムが韓国に登場することは容易ではないだろう」と考えている。しかし、表現の自由に対する李明博政府の抑圧は「全体主義であれ、権威主義であれ、ファシズムであれ、(民主主義の反対方向に進む)第一段階として深刻な状況」だと見ている。
ソン・ホチョル西江大教授(政治学)は、ファシズムの代わりに“新自由主義公安国家”という言葉を使っている。李明博政権になり、言論・集会・思想・結社の自由が深刻なレベルで試されており、検察・警察・監査院などの権力機関もかつてのように「政権の手先」となった。彼は「ファシズムと規定付けるよりは、すでに進んでいる“ファッショ化”を憂慮し、備えることが重要だ」と語った。
これに関してアメリカの経済学者、ロバート・ルカッチマンは「フレンドリー・ファシスト」(friendly fascist)という言葉を使った。1980年代には、アメリカのレーガン政権が「善良な顔をして」政治的反動を促した。「ファシズム・フレンドリー」の脈を継ぐジョージ・W・ブッシュ政権期には、アメリカの社会批評家ナオミ・ウルフが『アメリカの終焉(The End of America)』という本の中で「ファシズム移行期」という表現を使った。ブッシュ政権が民主主義からファシズムへ移る過渡期を構築しているという問題意識からだった。
»集会・示威法改正案が通過すれば、マスクを使うだけでも処罰される。昨年10月3日、ソウル鍾路普信閣前で「一斉考査**に反対する青少年の会」所属の青少年たちが記者会見をしている。写真『ハンギョレ21』キム・ジョンヒョ記者
彼は「ファシスト体制への移行は、様々な行為が合わさって民主主義を同時多発的に攻撃する形をとる。(その結果)ある瞬間から、民主主義が急激に後退する」と見ており、「ファシズム移行期」を判別するいくつかの尺度を提示したが、李明博政府期の韓国市民にも流用できるだろう。
△集会・デモに参加したり、批判的発言をすれば、身体的脅威を加える。市民の無差別逮捕や投獄も辞さない。この過程で民間の「準軍事組織」が登場する。△一般市民を監視する。盗聴を合法化し、個人の前科や政治性向、私生活などを記録した個人資料を活用する。△教授・公務員・ジャーナリスト・文化芸術家などの批判的な人物を戦略的に狙って職場から追放したり、経歴を破壊する。△市民団体にスパイを潜入させ、組織を破壊したり国税庁の税務調査などで苦しめる。△批判的な検事を解任するなど、法の支配を覆す。人格の冒涜を含む拷問、根拠のない告発、やってもいない犯罪に対する無茶な起訴などの司法独裁が登場する。△政治的圧迫で自由言論を弾圧する。言論人を冒涜したり、羞恥心を与え、該当言論の責任者たちが言論人を解雇するように状況をつくる。△市民の思想・行為・表現を犯罪にするために、不法行為の範疇を新たに創出する。新しい法をつくったり、改正したりして“法の名の下に”処罰する。△一連の過程で内外からの脅威を浮上させる。
ナオミ・ウルフはファシズムが音もなく進んでいると言っている。彼女が提示した「ファシズム移行期」の尺度は、どこかで見たことのあるものだ。1987年6月抗争から22年が過ぎた2009年6月、韓国の市民は破局の兆候を日々発見している。警察・検察・言論などで起きるその兆候を、虫眼鏡でのぞかなければならない。そうしなければ、“ファシズムX”が本当にやって来るだろう。
ファシズムとは
“警告表示”をじっくり読め
2009年はファシズム誕生90周年だ。ファシズムは1919年3月23日、イタリアのミラノで生まれた。ムッソリーニが退役軍人、言論人、知識人などを集め、「民族主義に反する社会主義との戦争を宣布」した。自分たちを“ファッシ・ディ・コンバティメント”、つまり戦闘団と呼ばれた。この時からファッショまたはファシズムは、内部の敵をつくり、悪魔化してこれに容赦のない暴力をふるって追い出す政治・社会運動を称するようになった。ファシスト政権は、このようなことを国家や法の名で行う場合だ。その語源は“斧”だ。古代ローマの執政官が市街行進の際に、斧を巻いて縛った棒の束を手にした。それは“ファスケス”(fasces)と呼ばれ、国家の権威と結束を象徴した。
学者たちはファシズムを独裁、権威主義、全体主義などと区分して使う。学問的意味で、ファシズムは民主主義国家でのみ発生する。民主主義に対する“反動”、または民主主義の“失敗”が、ファシズムの土台になるためだ。従って民主化以前の段階にある第三世界での独裁は、ファシズムではなく権威主義、または全体主義という概念で説明される。
ファシズムは大衆運動の特性を持っている。民主主義、自由主義、社会主義などに対する強い怒りを抱いた広範囲の大衆が、ファシズムを擁立するのだ。だがイタリアと違い、ドイツはナチ政権樹立以降、本格的な“ナチ国民運動”が展開された。このため、学者たちはファシスト大衆運動が先行してこそ、ファシスト政権が樹立するのではないと見ている。その反対の方式も可能だということだ。
この分野の古典である『ファシズムの解剖学』の著者、ロバート・パクストンは「未来のファシズムは、きわめて古典的なファシズムの外的特徴や象徴をそのまま維持してはいないだろう」と警告した。ファシズム登場の“警告表示”をもっとじっくり読まなければならないと強調した。「脅威を感じた保守勢力が、適法な手続きと法の支配を放棄する態勢を整え、より強力な同盟勢力を求めて国家主義的扇動によって大衆の支持を得ようとしたとき、ファシストはすでに権力のすぐ近くまで接近しているのだ」
アン・スチャン記者
* 韓国の東南部、慶尚南北道地方のこと。
** 韓国版「全国学力テスト」のようなもの。
葛藤ばかりが高まり、メリットのないPSI
『ハンギョレ21』[2009.06.05第763号]
[イシュー追跡]
核制裁の効果と無関係なPSI参加宣言で緊張だけが高まり…
状況によっては北が“行動”に出る可能性も
▣チョン・インファン
「自虐的対北政策だ」
北朝鮮が核実験を電撃実施した翌日の5月26日午前、韓国政府が突然「大量破壊兵器拡散防止構想」(PSI)の全面参加を公式発表したことについて、ホン・ヒョンイク世宗研究所主席研究員は、このように話した。「どういうことだろうか?韓国がPSIがに参加したからといって、北が追加で核生産をできなくなるのか?いや、何の影響もない。現在の南北海運合意書だけでも、韓国の領海を通過する怪しい北の船舶をいくらでも検問検索することができる。PSI全面参加によって、これから検問検索を要請する船舶に対しては、無条件に応じるということを対外的に約束をしたことになった。ミサイルや核兵器関連の物品が出てくればわかるのか、そうでなければどうなるのか?軍事用と民間用、両方で使用可能な物品もあるだろう。このような状況になれば北は強く反発し、結局は葛藤が高まるだけで、我々が得るものは何もない」
»2007年10月14日、日本南部横渚港の近海で開かれた大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)の模擬訓練の中で、米・豪など各国の兵士が大量破壊兵器疑惑物質を載せた船舶を掌握した後、船員たちを審問する場面を演出して見せている。写真REUTERS/KIMKYUNG-HOON
ブッシュ行政府のオーダーメイド型対北封鎖政策
PSIは核・ミサイルなどの大量破壊兵器(WMD)とその運搬手段をはじめとする関連物質の拡散を遮断することを目的とした、アメリカ主導の緩やかな国際共助協議体だ。ジョージ・W・ブッシュ行政府時代の2003年5月末に公式発表されたが、韓国政府は南北関係に与える波及などを考慮してこれまで全面参加を躊躇していた。北の反応があまりにも激しかったからだ。実際に北朝鮮は「南朝鮮がPSIに全面参加した場合、これを“宣戦布告”とみなす」と何度も警告してきた。今年に入ってからも、3月に祖国平和統一委員会のスポークスマン談話などを通じて何度も声を高めたことがある。“苦悩”した反応には理由がある。計算してみよう。
2002年12月9日、アラビア海を進んでイエメンに向かっていた北朝鮮の貨物船ソサン号を、スペイン艦2隻が拿捕した。スペインのフェデリコ・トリリオ国防長官(当事)は、「ソサン号に載せられた4万砲台のセメント・ダミーの下にコンテナ23個が隠されていた」「その中からスカッドミサイルの完成品15基、高性能通常弾頭15個、未確認化学物質83ドラム分量とその他の未確認兵器などが発見された」と発表した。いわゆる「ソ・サン号事件」だ。
「敵対行為禁止」停戦協定違反の騒動
米国家安保局(NSA)は、ソサン号が北朝鮮を出発する前からスカッドミサイルなどが船積みされることをキャッチし、これを追跡してきたのだと伝えた。イラク侵攻の準備が最終段階に入った頃だった。米情報当局は、ミサイル購入国がイラクである可能性もあると判断し、スペイン海軍にソサン号の拿捕を要請した。しかし、ソサン号拿捕の知らせを伝えた直後、イエメンのアリ・アブドラ大統領は「北朝鮮に4100万ドルを渡し、ミサイルを購入した」と強く反発した。ソサン号は合法的な貿易信用帳まで持っていた。ソサン号を米軍基地があるインド洋のディエゴガルシア島に曳引していた米海軍は、結局、拿捕2日後にソサン号のイエメン行きを許容するしかなかった。
対面が傷ついたブッシュ米大統領は、事件直後、「大量破壊兵器との戦闘に関する国家安保報告書」を発表し、いわゆる「悪の枢軸」として注目されている北朝鮮とイラン、イラクに対する予防的先制攻撃戦略を明示した。そして翌年の5月31日、ブッシュ大統領はポーランドのクロコフを訪問した席で、PSIを公式に発足させるに至った。チョン・ウクシク平和ネットワーク代表は「PSIを触発させた契機も、その目標も北朝鮮」だとし、「PSIは出発から事実上、ブッシュ行政府の“オーダーメイド型対北封鎖”政策だった」と指摘した。
南側のPSI全面参加発表に対する北の反応は、予想通り激しいものだった。北朝鮮は5月27日、「朝鮮人民軍板門店代表部」名義で声明を出し、南側のPSI全面参加を「国際法はもちろん、交戦相手に対して“どのような種類の封鎖”もできないようにした朝鮮停戦協定に対する乱暴な蹂躙であり、明白な否定」だとし、「(これで)戦争でも平和でもない我が国の不安定な情勢は、いつ戦争が起こるかわからない極限状態へ駆け上がっている」と主張した。人民軍板門店代表部が出てきた理由は何だろうか?板門店代表部は1994年に北朝鮮が停戦体制を平和体制に転化することを要求し、既存の軍事停戦委員会の代わりに作られた機構だ。“停戦協定”を次の段階へ移すという意味だった。
北側はこれまでPSIによる陸・海・空封鎖が「陸上・海上・空中での一切の敵対行為禁止」を規定した停戦協定14~16条に違反するという点を強調してきた。特に停戦協定第15条は「陸地に隣接した海面を尊重し、湾口に対してどのような種類の封鎖もできない」と念を押している。しかしPSIは、大量破壊兵器関連の物品を載せたと疑われる船舶に対する停船・臨検・抑留などの措置を規定している。これが“軍事的強制措置である封鎖”というのが北の論理だ。完全に間違っているわけではない。このため、国会立法調査署は今年の5月11日に打ち出した「大量破壊兵器拡散防止構想の現況と争点」という題の懸案報告書で「韓国のPSI完全加入を理由に北朝鮮が今後、挑発行為を国際法的に正当化しようとする場合に備えた論理を開発する必要がある」と指摘している。
板門店代表部が声明で「停戦協定の拘束力の喪失」と「軍事的行動」を警告したことにより、米韓連合司令部は翌日の5月28日に対北朝鮮情報監視態勢である「ウォッチコン」を3段階から2段階に上げた。一部では「北が事実上、戦争を宣布したのではないか」という極端な解釈も出ている。一見、とてつもなく見えるのは事実だ。しかし、声明文をじっくり読んでみると、少し違った解釈もできそうだ。北朝鮮が強調した内容は、大きく分けて3つだ。
第一に、PSI全面参加を北に対する「宣戦布告」と見なすとした。「どれほど些細な敵対行為であっても、我が共和国(北朝鮮)の自主権に対する受容できない侵害と見なし、即時かつ強力な軍事的打撃で対応する」とも強調した。言葉の水位は高いが、文章自体は「条件文」だ。「敵対行為」があれば、強く「対応」するということだ。
第二に、「これ以上、停戦協定の拘束を受けない」とした。「アメリカの現執権者が対北朝鮮圧殺策動に熱を上げる余り…傀儡どもをついに大量破壊兵器拡散防止構想に巻き込んだ状態」であるためだということだ。しかし、「事実関係」が間違っている。アメリカが巻き込んだのではなく、韓国政府が自発的に全面参加を決定したのだ。南側ではなく、アメリカを狙った主張だと思われる理由だ。
第三に、「西海、北方五島(白翎島・大青島・小青島・延坪島・牛島)の法的地位と周辺水域を航海する船舶の安全を担保にすることはできない」と脅迫した。西海交戦の悪夢を想起させる言葉だ。だが、ここでも解釈の余地は残されている。「我々も必要ならば」ということや、「まず我々に接近した者たちは」ということを前提にした発言だからだ。イ・ボンジョ元統一部次官は、このように指摘した。
第二次西海交戦でも起きればどうすれば…
「北の声明を噛み砕いて読めば、先制的に“挑発”をするということではない。少し積極的に解釈しても、この程度の表現ならば、それに相応する“行動”はないかもしれない。北としては、かなり慎重で節制された立場を明らかにしたようなものだ。対応をするに先立ち、その意図を綿密に検討しなければならない。カマをかけて不用意な対応をしてはならない。ややもすれば危機を招きかねないからだ」
今は朝鮮半島をめぐる危機の影が、かつてないほど濃い。緊張感は果てしなく高まった状態だ。「状況」が作られれば、北朝鮮が「行動」に出る公算が大きく見える。イ・ボンジョ元次官は「結局、我々がどう対応するかにかかっている」と強調した。北の「誤った判断」を阻止するためには、南も「誤った判断」を避けなければならないということだ。一触即発、厳重な状況だ。慎重にならなければならない。
チョン・インファン記者
北朝鮮による拉致被害者、蓮池薫さんのお兄さん、蓮池透さんのインタビュー記事が6月8日(紙面では9日)のハンギョレ新聞に載っていました。ここで蓮池徹さんは、強硬な制裁一辺倒の対北朝鮮政策では拉致問題を解決できないと訴えています。
そうですよね。国際的な足並みが揃わないなか、日本だけが制裁を打ち出したところで、制裁をしない国(たとえば中国やロシア)と北朝鮮の関係が強化されるだけで、日本はますます“蚊帳の外”に置かれるというのは、今までの経過を見れば明らかでしょう。もちろん、今回の核実験に対する制裁措置と、拉致問題とは別個の問題として扱わなければならないのは当然なわけで。
それでは、ハンギョレの記事です。どうぞ。
「拉致被害者の家族を率いる右派に懐疑」
蓮池透・前“家族会”事務局長
“北朝鮮への強硬制裁”の立場から“対話解決”へ
「拉致された後に戻ってきた弟から多くのことを学んだ」
»蓮池透(54)前家族会事務局長
北朝鮮による日本人拉致問題は、日本社会の“ホット・イシュー”だ。その中心に、対北朝鮮世論を左右する団体である“北朝鮮による拉致被害者家族連絡会”(家族会)と“北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会”(救う会)がある。
蓮池透(54・写真)は、1997年から2005年まで家族会の事務局長として、対北朝鮮強硬制裁の先鋒に立っていた人物だ。彼は先月、『
拉致-左右の垣根を超えた闘いへ』という本を出し、対話による拉致問題の解決を提案しながら“転向”を宣言した。1979年に北朝鮮に拉致され、2002年10月に帰国した蓮池薫(52・新潟産業大専任講師・韓国語翻訳家)の兄である彼の転向は、日本社会に波紋を広げている。
今月2日の『ハンギョレ』とのインタビューで、彼は「北朝鮮の核実験により、拉致問題の解決がさらに遠のいたが、対話を通じて問題を解決しなければならないという所信には変わりがない」と語った。彼は著書で「拉致問題集会のたびに日章旗を振り、サングラスをかけた“怖いおじさん”方がいちばん前に出て、家族会は後ろに回るのを見て、これはおかしいなと思った」と、家族会を支援する団体である救う会の右翼イデオロギー的運動路線に懐疑を抱くようになったと語った。救う会の幹部の中には、日本の核武装や、対北朝鮮先制攻撃を主張する人が少なくないと彼は指摘した。また、拉致された後に帰国した弟、薫の話を聞いて北朝鮮と対話しなければならない必要性に目覚めたと話した。
-現在、日本の対北朝鮮世論は強硬制裁一辺倒だが。
「日本社会は北朝鮮に対して“日本は正義であり、北朝鮮は悪い”という、きわめて感情的な態度をとっている。日本が過去に朝鮮半島でどのような悪いことをしたのかに対する認識はない。日本が近代史教育をちゃんとしていないからだと思う」
-家族会の事務局長時代、自らも北朝鮮に対して強硬な主張をしていたのではないか。
「家族会を支援する団体である救う会の意見が、強く反映されていた。救う会には北朝鮮崩壊を主張する右翼的な人々が多く参与している。これらの影響のため、拉致問題が北朝鮮を崩壊させようとするイデオロギーに利用された側面がある」
-本の中で、拉致問題が解決されないのは日本政府の責任も大きいとあったが。
「核とミサイル、拉致問題の包括的解決方式を含んだ平壌宣言は、拉致被害者の人権を完全に無視したものだ。平壌宣言をはじめ、(日本人拉致被害者の)一時帰国問題や遺骨返還問題、昨年8月の拉致再調査および対北朝鮮制裁の一部解除など、何度も北朝鮮と合意しながらも日本国内の強硬世論に押されてしまった。北朝鮮も謝罪のみに汲々とするあまり、被害者の人権をおろそかにし、結果的に日本の悪化した対北朝鮮世論に引き回されてしまった。あのときちゃんとしていれば拉致問題も解決し、国交も正常化していただろう」
-家族会と決別したのは、北朝鮮に拉致されていた弟の影響もあったのか。
「弟から多くのことを学んだ。日本が昔、犯したことについて、北朝鮮が強く憤怒しているという点を学んだ。弟は『北朝鮮は、日本が昔、数十万人の朝鮮人を拉致したのだから、日本人10~20人を拉致したことがなぜ大きな問題なのかという考えを持っている。だから日本は昔のことをちゃんと謝罪し、補償しなければならないのに、制裁をするばかりなので、日本とは対話できないと考えている。』、『どんなに悪い国であっても、対話しなければ問題解決の方向に進めない』という話を聞かせてくれた」
東京/文章・写真=キム・ドヒョン特派員
『ハンギョレ』2009年06月08日
「米朝」と「米中」の地政学的綱引き/李鍾元
韓国の現代史で、5月はもっとも残忍な季節として記憶されるだろう。前大統領の自殺という、前代未聞の悲劇が与えた衝撃が消えないうちに北朝鮮が再び核実験を敢行した。北朝鮮の後継体制をめぐる動きが加速化しながら、朝鮮半島の状況は、一寸先を見定めることさえ難しい乱気流に突入している。李明博政府が念を入れたASEAN(東南アジア国家連合)との初のトップ会談や、野心的な「新アジア政策」も、北朝鮮の核実験の陰に隠れてそれほど注目されなかった。国内の政治社会的統合と南北関係の安定がなければ、韓国の立地や歩みは縮小し、制約されるしかない。
対話外交を標榜するオバマ政権下で、なぜ北朝鮮の核問題がこのようによじれ、むしろ状況が悪化しているのだろうか?北朝鮮とアメリカの最近の動きを見てみると、問題の構造がぼんやりと見えてくる。「オバマ政権もブッシュ政権と少しも変わらない」という北朝鮮の内情に関して、5月30日付『朝鮮日報』の記事は、一つの解説であり、条件の提示だとも言える。「オバマの誤判」というサブタイトルの下に、この記事は「“六カ国協議の復元”という焦点が外れた処方」を提示したことが、むしろ緊張を激化させていると指摘しながら、「目の前の課題は“破綻した六カ国協議”ではなく、“まだ終わっていない戦争”」であり、「外交的接近の標的を正しく設定しない限り、事態はねじれていくしかない」と主張した。「米朝直接交渉」を渇望する北朝鮮の立場が切迫するほど正直に表現されている。
これに対してオバマ政権の対北政策は、多者間外交のアプローチに重点を置く方向へ傾いている。ここにはクリントン政権以来、米朝両者交渉の経験を土台に、アメリカが持っている手段の限界と負担感が少なからず適用している。これを背景にブッシュ政権後期からアメリカは中国を関与させた国際協調の枠を模索しており、六カ国協議もその試みの一つだった。アメリカの「力の限界」を前提にしたオバマ外交が全般的に国際協調の方向性を提唱しているなか、特に東アジア政策ではアメリカと中国の協調を機軸に設定する発想が至る所に見える。米中という二つの大国の役割を強調するG2論が提起されているのも同じ脈絡だ。
オバマ外交はアメリカ外交史の流れから見ると、フランクリン・ルーズベルト大統領と似ている点が多い。ウィルソン的理想主義と手段的現実主義の結合という側面もそうだが、大国間協調を重視する外交手法が非常によく似ているのだ。イラン問題に関してロシアの力を借りる反面、アフガニスタンと中東問題ではイランとの妥協共助を模索する手段は、典型的な現実主義的外交だが、これを有機的に連結し、世界的・地域的秩序の構築を志向するという点で、理想主義がその土台を形成している。北朝鮮の核問題への対応を契機に、朝鮮半島と東北アジアに米中が中心となった新しい「ヤルタ体制」の共存秩序が台頭するかもしれない。
5月31日のキッシンジャー元国務長官の『CNN』インタビューは、この点で非常に興味深い。アメリカ国内の一角で提起される北朝鮮に対する積極的関与を通じた対中国牽制論や、北朝鮮がアメリカを巻き込んで中国に対する牽制勢力とするという発想については、「近視眼的」だと批判しながら、米中が主導する「東北アジア安全保障会議」を通じて北朝鮮に核の放棄を誘導すべきだと力説した。1970年代初期から繰り返されてきたキッシンジャーの持論だが、オバマ政権の朝鮮半島政策にも関与していると伝えられており、その意味は小さくない。北朝鮮の核を圧迫し、説得するための水面下の米中共助が加速するなか、韓国は朝鮮半島問題の当事者性をどう確保するのだろうか?大きな枠の朝鮮半島外交政策が必要な時だ。
李鍾元/立教大教授・国際政治
『ハンギョレ』2009年06月05日