米朝対話と日朝交渉/李鍾元
先月14日、東京でオバマ米大統領のアジア政策に関する演説があった。オバマ大統領の初めてのアジア訪問であり、4月のプラハ演説や6月のカイロ演説に続く重大演説だという事前宣伝もあって、日本でもかなり関心が高まった。日本の鳩山首相が「東アジア共同体」を提唱した状況で、アメリカがどのようなビジョンを提示するのかにも耳目が集まった。
しかし実際の内容は、期待したほどではなかったというのが大方の評価だ。アメリカが「太平洋国家」という点を強調しながらアジアへの積極関与を明らかにしたが、これをアメリカの景気対策や雇用戦略と露骨に関連付けて説明するなど、アメリカが直面している差し迫った状況を如実に表わしてもいた。東アジア首脳会談に「さらに公式的に」参加するという期待も表明したが、アメリカが除外された地域協力の枠に対する牽制的性格が強く感じられた。この演説の主なテーマでもある米中関係の強化拡大を軸に、東アジア地域で冷戦的あるいは新冷戦的対立構図をどのように清算・克服し、「安全保障共同体」を志向するのかに対する「オバマ的」なビジョンを提示する余裕はまだないようだ。
日本で特に関心が集まっているのは、拉致問題に対する言及だった。オバマ大統領は、北朝鮮が隣接した国々と完全な関係正常化をするための条件として、「拉致被害者の行方に関する家族への完全な釈明(fullaccounting)」を提示した。ホワイトハウスが提供した日本語版には、「全面的な説明」と翻訳されている。アメリカの大統領が米朝交渉を目前に控え、日本と北朝鮮に拉致問題「解決」に対する判断基準を正式に「通告」したようなものだ。
小泉政権以来、日本政府が米朝国交正常化の条件として拉致問題の「解決」を持ち出して以降、「解決」が何を意味しているのかが重大な争点になってきた。安倍政権が「拉致犠牲者が生存しているということを前提に、全員帰国を実現」することが「解決」という強硬方針をとって以来、現在に至るまでこれが日本政府の対北朝鮮政策を大いに制約してきたのが事実だ。このような状況でオバマ大統領が「説明」に基準を大幅に下げたのは、米朝交渉を本格的に進める意思を表示し、そのために日朝交渉を促したと見るべきだろう。
オバマ大統領の訪日直後、『朝日新聞』系列の時事週刊誌が「鳩山訪朝説」を報道して耳目を引いた。与党民主党の関係者の話を引用したこの記事は、内容に不自然な部分も少なくなく、後続報道もなかったことから信憑性に問題がないわけではない。しかし民主党政権誕生後、日朝間の水面下での接触に対する推測や噂が絶えなかったが、最近になって政治家たちの関連発言が急に増えているのも事実だ。『週刊朝日』の報道も日朝交渉に割と好意的な点を考慮すれば、世論の反応を見るための観測気球である可能性も小さくない。
鳩山民主党政権としても、近いうちに日朝交渉に着手しなければならない政治的要因は多い。米朝交渉に大きく遅れを取ることが外交的に不利なのはもちろん、景気沈滞や雇用不安などの悪材料が続き、支持率が下降曲線を描いている中で、来年7月の参議院選挙のためにも拉致問題の「成果」は魅力的だ。
ボズワース代表が訪朝後にソウルに戻る日に、小沢民主党幹事長が大規模な議員団を率いて中国を訪問する。小沢幹事長が心血を注いでいる日中関係の強化が焦点だが、日朝交渉をめぐる日中協力にも関心が向いている。朝鮮半島は本格的な外交の季節を迎えた。
李鍾元/立教大教授・国際政治
『ハンギョレ』 2009年12月04日
韓国社会を騒然とさせた猟奇的な連続殺人事件の犯人が逮捕された。世間の注目が集まる中、裁判が開かれたが、裁判中も被告は常に冷たい薄ら笑いを浮かべ、反省の色はまったく見えなかった。そんな被告に対し、巷では死刑を求める声が高まる。韓国では1998年以降、死刑が執行されたことはなかったが、死刑制度が廃止されたわけではないため、当然のことながら被告には死刑判決が下された。死刑囚となった連続殺人犯は、自分に対して「殺人鬼!」と叫ぶ人々を蔑むかのような不適な笑いを浮かべながら拘置所に護送されていった。
報復感情が高まった世論を受け、韓国政府は実に12年ぶりに死刑を執行する決定を下した。連続殺人犯は異例とも言えるスピード執行だが、その他にも高齢の死刑囚も含む、10人に対して死刑が執行された・・・
・・・というのは、今月から韓国で公開されている『執行者』という映画の中でのお話です。
韓国は実際には、自らもかつて死刑囚であった金大中大統領が就任して以来、死刑は執行されておらず、「実質的な死刑廃止国」とされています。人権派弁護士だった盧武鉉大統領も死刑制度を廃止することはできなかったものの、同政権下で死刑が執行されることはありませんでした。
しかし現在の李明博大統領は、候補者時代に「犯罪を予防するという国家としての義務を果たすため、死刑制度は維持しなければならない」とも明言しており、しかも死刑制度廃止の動きは沈滞していることから、映画の話が現実になる可能性がないわけではありません。
そしてこの映画のキーポイントの一つは「世論」でした。映画の中で法務大臣の死刑執行のサインが入った書類を持ってきた役人に対し、執行する側の刑務所の職員は「なぜ突然・・・」と問いかけます。その返事は「世論のこともありますから、政府としても態度で示さないと」でした。
日本でも、韓国でも、凶悪犯罪が起こるたびに出てくるのは「遺族感情(に対する世論の同情)」です。しかし犯罪者が死刑になったからといって、遺族の感情は癒されるのでしょうか。この映画では、被害者の姉が死刑囚となった殺人犯に面会するシーンがあります(制度的に、被害者遺族が死刑確定した加害者に面会できるのかは不明)。
そのシーンで彼女は「何度でも殺してやりたい。でも(そんなことをして)お前と同じになりたくはない」と言い放ちます。そのセリフには決して癒されることのない悲しみと怒り、そして諦めのようなものが込められています。
連続殺人犯は死刑執行の前日に自分の頚動脈を切って、自殺を試みますが、刑務所側はどうしても死刑を「執行」しなければならない立場のため、刑務所の医師に絶対に死なせてはならないと厳命します。連続殺人犯は死刑執行の瞬間まで悔恨の情を見せることはなく、世間に対する怨嗟の叫びをあげながら絞首されます(韓国の死刑方式は日本と同じく落下式の絞首刑)。
彼の顔に被せられた白い布には、自殺の痕から真っ赤な血がにじむ・・・もうこのようなシーンを見せられると、一体なんのために死刑が執行されるのか、一体どんな意味があるのか、わからなくなります。
最後の方で、食堂のおばちゃんがテレビで「死刑囚10人に執行」というニュースが流れるのを見ながら「こんな悪いやつら、さっさと殺しちゃえばいいのよ」とつぶやくシーンがあります。しかし、その10人の中には過去を悔いながら年老いた死刑囚もいました。そんな死刑囚を殺して世の中が良くなるのでしょうか。それに連続殺人を犯すような人間としての感覚が麻痺したような極悪人ならば、あっさり殺してしまうよりも、死ぬまで懺悔させる方がよっぽど残虐なんじゃないでしょうか。
この映画、日本で公開されるかどうかわかりませんが(内容が内容だし、韓流スターも出ていないので公開されない可能性が高いと思います)、機会があればぜひ見ていただきたい映画です。
P.S. ちなみにこの映画の主人公は公務員試験に受かったばかりの新人刑務官で、死刑を執行する側の苦悩をメインに描いています。
* 参照 *
韓国における死刑
日本民主党政権と外国人参政権/李鍾元
長年の課題だった日本永住外国人の地方参政権問題は、果たして実現するのか?日本社会の大きな転機となる参政権実現が、最終段階を迎えている。以前から参政権付与に積極的だった民主党政権が誕生することで、現実的な可能性がにわかに高まったのは事実だ。
しかし最近、参政権付与法案をめぐって民主党が右往左往する姿を露呈しながら、展望を多少不透明にしている。若干の「騒動」の果てに、政府と民主党間の党政最高会議で、参政権法案に関しては今回の臨時国会には提出せず、今後の処理を小沢幹事長に一任するということにまとまった。推進派である小沢幹事長が「全権」を譲り受けた形となっているため、肯定的な部分もあるが、鳩山首相など政府が責任を小沢幹事長になすりつけた側面も小さくない。これからの焦点は、来年1月から始まる通常国会に民主党が法案を提出するのかに集まっている。韓国民主党の丁世均(チョン・セギュン)代表との会談で、小沢幹事長は「やがて片が付く」と言った。「いつか」あるいは「最終的には」とも翻訳できる、かなりあいまいな表現を使った。当初に推進しようとしていた議員立法ではなく、政府立法でする方がいいという見解も明らかにした。政府と与党がボールを投げ合い、責任をお互いに転嫁しているように見えもする。
今、民主党政権、特に小沢幹事長の最大の関心事は、来年7月の参議院選挙での勝利だ。中間評価の性格を持つこの選挙で単独過半数を獲得することになれば、民主党政権は安定基盤を備え、長期執権まで狙えるようになる。選挙が参政権問題に与える影響は両面どちらもある。重要な選挙を控え、外国人参政権のような世論が分裂して対立的な争点は、なるべく避けようという政治的計算と力学だ。鳩山首相をはじめとした民主党政権の指導部が、従来の積極推進論から慎重姿勢に後退しているのも同じ脈絡にある。
しかしもう一方で、今年の8月の総選挙でもうかがえたように、組織基盤が弱い民主党において、民団(在日本大韓民国民団)など在日の組織的・個人的支援が小さくない力になるという現実もある。あの総選挙では、特に民団が全国を対象に参政権付与に積極的な民主党候補を重点的に組織的支援を展開し、民主党の圧勝に一定の寄与をした。民主党としては来年の参議院選挙のためにも参政権問題に具体的な成果を提示する必要がある。選挙を直接担当することになる小沢幹事長の動きには、このようなジレンマが表れているともいえるだろう。
在日韓国・朝鮮人が大多数である永住外国人の地方参政権実現という観点から、現在の重要な政治的機会に直面している。8月の総選挙での当選者を対象にしたアンケートによると、現職衆議員の半数を超える53%が参政権付与に賛成している。与党民主党は、賛成が67%に達している。公明党、社民党、共産党はほとんど全員が賛成である一方、自民党は反対派が54%、賛成は7%に過ぎない。
政界の勢力分布という面では、展望は暗くない。しかし今回の臨時国会での法案提出が挫折した経緯からも見えたように、日本社会全体の世論はまだ成熟しておらず、反対や慎重論が根深いのも事実だ。マスコミもそれほど積極的な支持姿勢を見せていない。来年の通常国会に照準を合わせた立法措置を追求しながら、同時に日本社会内の肯定的な世論形成を体系的戦略として推進する必要がある。ここでは日韓の不幸な100年の歴史を総括しながら、新しい時代を迎えるという視点に立った韓国政府と社会の包括的な対日外交が果たす役割も少なくない。
李鍾元/立教大教授・国際政治
『ハンギョレ』 2009年11月13日
鳩山外交と日朝交渉/李鍾元
鳩山民主党政権が日朝交渉の再開に向けて助走を始めた。最近、日本政府は政権交代後初めて開かれた臨時国会で、当初の方針を変更して北朝鮮の貨物検査特別措置法案を提出しないことを決定した。国連安保理の制裁決議を実行するために、前任の麻生政権の頃から進められていたもので、民主党も総選挙のマニフェスト(政権公約)では立法化推進を打ち出していた。執権以降、民主党新政権の対応が注目されるなか、以前の自民党政権とは違って「圧力」よりは「対話」を重視するという姿勢を具体的に表明したものだ。
先週、北京で開かれた日中韓首脳会談でも、鳩山首相の融和的な発言が耳目を集めた。中国の温家宝首相から金正日国防委員長との会談内容に関して詳しい説明を聞いた鳩山首相は、「日朝関係を改善したいという金正日総書記の意向も伝え聞いた。その言葉を信じたい」と積極的な姿勢を見せた。また、「二者会談が決して六カ国協議と矛盾するものではないという温家宝首相の発言に同意する。北朝鮮に具体的な行動を促すための段階としての二者会談は意義がある」という発言は、米朝二者会談の容認であるだけでなく、日朝の接触に向けた布石だとも解釈された。
日朝間の会談は、民主党政権発足直後から始まった。鳩山内閣が成立した翌日の9月17日、北朝鮮の『平壌放送』の論説は「日朝両国が平壌宣言を尊重し、これを遵守履行していくならば、両国間の懸案は遅滞なく解決し、関係正常化に向かう肯定的な成果を得るだろう」と提案した。これに答えるかのように鳩山首相は9月24日、国連総会の演説で「平壌宣言に則り、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を誠意をもって清算して国交正常化を図っていく」という方針を鮮明にしながら、「北朝鮮による前向きかつ誠意ある行動があれば、日本としても前向きに対応する用意がある」と表明した。具体的には昨年に合意した拉致問題の再調査の「開始」が「日朝関係進展の糸口」になると指摘し、繰り返し北朝鮮の具体的かつ誠意ある行動を促した。
昨年8月、福田政権末期に日朝両国は拉致問題の再調査と日本の部分的な制裁解除を同時に実施して日朝交渉を再開することに同意した。しかし、その直後福田首相が突然辞任し、後任の麻生首相が強硬姿勢に旋回したことで、合意した内容の実行が霧散したのだ。既存合意を復活させ、再起動することは外交交渉上それほど難しいことではない。だが問題は、北朝鮮が再調査の結果として提示する「成果」が果たしてどんなものなのかという点だ。昨年、福田首相が最後まで合意に躊躇し、日本政府内に慎重論が絶えなかった理由もここにあった。もし当時から推測されていた通り、北朝鮮が死亡者に関する説得力のある追加情報と共に、新たな拉致生存者の存在と帰還まで含む具体的な行動を提示するならば、日本民主党政権としても世論に対して「外交的成果」を主張しながら日朝交渉を本格化することができるだろう。現在、水面下で進められていると伝えられている日朝の接触でも、これが最大の争点であることは容易に見当がつく。
発足から1ヶ月が過ぎた民主党政権は、予想よりは安定した様子で高い支持を得ている。長期政権に照準を合わせることになる来年夏の参議院選挙に勝つために、児童手当、農家直接補償など支持基盤確保を狙った政策も相次いで施行態勢に入っている。ここに日本世論の関心が集まっている拉致問題を「進展」させることができれば、国内政治的にも大きな資産になる。日朝交渉の動向を見ながら、日本民主党政権も積極的な対北朝鮮政策の時期を見計らっている。
李鍾元/立教大教授・国際政治
(『ハンギョレ』2009年10月16日)