私の周りには李明博(イ・ミョンバク)次期大統領がイヤでイヤで、実行までには移さないまでも「韓国捨てて、外国に行くか~」とボヤいている人がやたらとたくさんいます。それなのにこの年末年始に日本に帰ったときは、ご祝儀相場を割り引いたとしても「韓国の次期大統領に期待」みたいな報道が多かったように思います。
さて、経済再建という面でばかりクローズアップされている李明博次期大統領ですが(え~、経済再建っつーよりは、この格差拡大とか、若者の就職難とか、雇用形態の不安定化とかの問題の方が先なんじゃないの~?ということは、ま、ひとまず置いといて)、死刑廃止の法制化についてはどうなんでしょうか。
韓国は金大中・盧武鉉両政権(大統領の任期は5年)下で死刑執行がなされなかったため、昨年末に「実質的な死刑廃止国」となりましたが、法制化にはまだ道筋さえもついていないような状態です。
新大統領が、死刑廃止という国際的な流れに反して死刑執行を再開するようなことは、まさかないでしょうが(ないよね?ないよね?ビクビク)、制度としての死刑廃止までに至るのでしょうかね。
ところで李明博次期大統領ご本人さまは、敬虔なクリスチャンであらせられるそうですが、そのキリスト教も、死刑大国(?)アメリカでは死刑存置の一大勢力となっているようです。げ~、キリスト教って、愛と平和と許しの宗教じゃないの~?ま、宗教オンチなんで、よく知りませんけど。
なんか、まー、そのへんについて書かれたコラムが1月13日のハンギョレ新聞に掲載されていたので訳してみました。それではどうぞ。
キリスト教福音派と死刑制度/ナ・ヒドク
アメリカの大統領選挙で共和党候補のハッカビーが、キリスト教福音派からの全幅の支援を受けて急浮上している。バプテスト教会の牧師である彼は、妊娠中絶や同性愛などに反対するという点で、福音派教理の確固たる代弁者だと言える。キリスト教という基礎の上に立てられたアメリカでは、このように宗教的・倫理的な問題を争点化することが政治的な結集力を作り出す方法として活用されることがしばしばある。福音派の支持がなかったならば、ブッシュ大統領も再選されることはなかっただろう。
ところでキリスト教徒である私にとっても簡単には納得できない点は、福音派が妊娠中絶に反対しながらも死刑制度には賛成しているという事実だ。生まれていない命まで尊重しなければならないと主張しながらも、死刑という合法的で制度化された殺人を受け入れるということは、矛盾していると思えるからだ。命を与え、育てていくことが、もっぱら神に属することだと信じるのならば、政府や法律制度を通じて人間が人間に死刑を宣告し、執行することはその神性に挑戦するようなものではないのか。それにも関わらず福音派は“教化”よりも“応報”を強調し、血の代価には血で報いる死刑制度を擁護してきた。
韓国のプロテスタント内部でも、自由主義と福音主義の間で死刑制度に対する意見が二分しがちだ。死刑制度だけでなく南北問題、国家保安法などに対しても両者は見解が異なる。キリスト教徒である次期大統領も、選挙期間中は犯罪予防のために死刑制度はやむを得ず必要だという見解を明らかにした。そのため、次期大統領が17代国会で係留中の“死刑制度廃止のための特別法”に対して、これからどのような態度をとるのか注目される。
よく知られているように、この10年間で死刑が一度も執行されなかった韓国は、昨年12月30日にアムネスティにより実質的な死刑廃止国に分類されることになった。すでに15代国会から発議されていたこの法案は、現在175人の議員が署名・同意した状態だ。法律的にも死刑廃止国にならなければならないという世論の変化は、一朝一夕になされたものではなく、分断と独裁という歴史的経験を通じて手に入れた成熟した人権意識が基盤となっている。
人民革命党事件で無念の死を遂げた8人の死刑囚をはじめ、様々な事例によって我々は死刑制度が政治的に悪用される危険性を充分に経験した。そして乱用する意図がなかったとしても、判決の誤謬可能性は依然として残っており、誤った判決をやり直すことができないという点も死刑制度が抱える問題点の一つだ。ある法律学者は韓国の犯罪捜査が陳述に重きを置く傾向にあり、捜査に関する業務条件が劣悪であるため、その誤謬の可能性が相当に高いと診断した。犯罪を予防するための強度が高い装置として死刑制度を存置すると言っても、犯罪率が実際に減っているかは疑問だ。このような点から、死刑制度は効用性よりも危険性がより大きな制度だと言えるだろう。
李明博(イ・ミョンバク)次期大統領は様々な場で愛の倫理に基づき、和合の精神を活かしていくと約束した。それを実践するための最初のステップが死刑制度廃止にあると私は思う。そして彼の当選に多大な貢献をしたキリスト教が世の中に伝えなければならない“福音”とは、あらゆる生命は尊く、教化と救済の可能性を与えられた存在であるということだと信じている。韓国の福音派がアメリカの福音派の抱える覇権意識を踏襲せず、開かれた宗教として進んでいくためにも死刑制度に関する真摯な論議が必要だ。イエスが死刑制度に賛成したと思うかという質問に「イエス様は賢明であり、我々のように選挙に出るなんて愚かなことはなさらなかった」と答えたハッカビーのように言い逃れてはならない。
ナ・ヒドク/詩人・朝鮮大学文芸創作学科教授
* 参照
アメリカの民主主義は後退、韓国は発展、そして日本は・・・?
遠くない国の遠くない過去の話
韓国の死刑制度はどうなっているんだろう?