1997年12月30日に金泳三(キム・ヨンサム)政権が、翌年2月の任期切れを目前にして駆け込むようなかたちで23人の死刑囚に対して死刑を執行してから、もうすぐ10年が経ちます。
その後、政権に就いた金大中・盧武鉉政権は、死刑の執行こそはしていないものの、立法化には至っていません。就任当初からレームダック状態と揶揄されてきた盧武鉉大統領ですが、来年の2月には任期切れとなってしまいます。それまでに立法化の道筋をつけておくことは・・・ほぼ無理でしょう・・・。
次期大統領として有力視されているイ・ミョンバク前ソウル市長(ってか、他に有力候補がいない現実(泣)・・・)は、政治的立場は金大中・盧武鉉さんとは異なる人物のようですが、死刑制度に対するスタンスはどうなんでしょうか。まぁ、そのへんはまた追々、観察していこうと思います。
10月10日のハンギョレに韓国の死刑制度に関する社説が載っていましたので、訳してみました。それではどうぞ。
死刑廃止、次の国会へまた引き延ばすのか
「今日も生き延びた。明日も生きたい」1997年12月30日に死刑になったカン・スンチョル氏が死刑執行の数日前に日記に書いた文章には、生きようとする切実な欲求が込められている。彼は泥酔状態で友人とある縫製工場に入り、女性職員を殴打したうえに火をつけて職員一人を殺した容疑で逮捕された。彼は家でのんびりと寝ているところを逮捕されたのだが、前日夜の事件は覚えておらず、一貫して無罪を主張した。しかし、裁判所はカン氏の有罪を認め、死刑を確定した。彼が火をつけたと証言した友人は、無期懲役刑に減刑された。カン氏が犯人ではない可能性もあると考えた人々が助命のために奔走したが、徒労に終わった。
カン氏を含む23人の死刑囚に死刑が執行されてから、今年の末でちょうど10年になる。法によって死刑宣告を受けた者は、彼の後にも続いている。現在、64人の死刑囚が服役中だ。しかし1998年以降、韓国政府は死刑を執行していない。当然のことだ。かつて法廷で死刑宣告を受けた人物が、大統領になるまでになったのだ。死刑制度が抱えている問題点を、これほど克明に示している例があるだろうか?裁判所の判断も人間のすることだ。人間の判断は決して完全ではない。有罪を認めて死刑を執行してしまえば、有罪判断が誤っていたと確認されたとしても、取り返しのつかないことになってしまう。凶悪犯に対しては、死刑という刑罰がなければならないとする人たちもいる。しかし、死刑廃止国の研究結果を見れば、死刑制度が明らかに凶悪犯罪の予防効果をもたらしているわけではない。罪人とはいえ、人が他人の命を奪うことが正当化できるのかも疑問だ。このような理由で、世界の90の国がすでに死刑を廃止している。実質的な死刑廃止国を含めれば、130以上の国で死刑がなくなっている。
これから100日間、死刑を執行しなければ、韓国も「実質的な死刑廃止国」になる。歴代政府が死刑廃止のために、それなりの努力をしてきたからだ。現政府が今さら死刑を執行することはないだろう。今こそ国会が立法府として仕上げをすべき時期だ。16代国会でも、過半数の国会議員が署名した死刑制度廃止法案が国会に提出された。今回の国会でも175人の国会議員が署名し、法案が出された。しかし、一昨年、公聴会が一度開かれただけで、今まで審議が延び延びになっている。次の国会にまた引き伸ばすようなことは、あってはならない。