
数日前、映画『力道山』(←ソル・ギョング主演)をビデオで見ました。劇場公開時に見たときは気付かなかったのですが、最後の方のシーンにちょろっと出てくる韓国人の弟子は、先日他界した大木金太郎(韓国名:金一=キム・イル)の役だったのですね。
映画館で見たときは「なんで最後で唐突に韓国語の台詞を話すんだろう?」と思ったものでしたが。あと日本人の感覚からすると、「力道山の弟子といえばアントニオ猪木とジャイアント馬場なのに、なんでぜんぜん出てこないんだ?」とも思いました(
Wiki先生によると、刺されて入院した力道山の看病を実際にしたのは大木金太郎ではなく、アントニオ猪木だそうです)。でも今考えると、あれは韓国人監督なりのこだわりなんだろうなと納得いたしました。
そんなわけで、故・金一氏を追悼するコラムを訳してみました。どうぞ。
悲しい頭突き/イ・ギルウ
彼は競技場に木の棺をズルズルと引きずりながら登場した。
観衆はヤジを飛ばした。彼は対戦相手を殴り倒し、その棺に押し込めると豪語した。
そしてリングに上がって分厚い板を頭突きで割り、自分の力を見せつけた。
彼の得意技は頭突き。格闘技とはいえ、人間が頭で頭を攻撃するということは当時でも考えられない“必殺技”だった。対戦相手だけでなく、本人にも衝撃が大きな一種の“反則技”でもあった。彼の頭突きは野蛮な行為ではあるものの、5秒までは反則が許されるプロレスだったからこそリングでは許された。
1963年にアメリカ・プロレスの舞台に登場した青年金一(日本名:大木金太郎)は、当初そのような悪役を務めなければならなかった。プロモーターは彼に“正義の味方”よりも“東洋から来た悪党”役を求め、金一は忠実にその役割を果たした。
日本に密航して大村収容所に収容されていた金一の身元保証人になり、弟子として受け入れた力道山は表にはあらわさなかったが、同族の金一には特に情をかけていた。しかし、とてつもなく厳しかった。師匠が呼べば、金一は竹刀を持って駆けつけた。竹刀で殴られ、説教されるのが常だったからだ。アメリカに進出する準備をしていた金一に、力道山は頭突きを極めるように命じた。それから金一の額の血が乾くことはなかった。特訓を怠けたという理由でゴルフクラブで頭を殴られ、血を流すこともあった。師匠である力道山は相撲力士からプロレスラーに転身する際に“空手チョップ”を編み出した。さながら斧で木を切るかのように手刀で相手の胸を攻撃し、巨体の白人レスラーを倒して日本人を熱狂させた。
師匠の情熱により、誰よりも頑丈な額と首を手に入れた金一は、アメリカの舞台でチャンピオンに成り上がった。後日、金一は自分の試合の度にリング近くで興奮してヤジを飛ばすテキサスの老婦人の話を弟子たちに聞かせたりもした。韓国にもどった金一は、日本で力道山がしたように、街頭テレビや喫茶店の白黒テレビの前に集まったファンに、終盤になって痛烈な頭突きで勝負をひっくり返す“正義の英雄”の姿を見せつけた。
プロレスが事前に書かれた脚本によって勝負が決まるという“噂”を信じなかった純粋な韓国人は、1965年に金一の弟子だったチャン・ヨンチョルの「プロレスは脚本通りに試合が進められる」という暴露に、強い衝撃を受けた。対戦相手と1ヶ月近く合宿し、呼吸を合わせていたプロレスの公然の秘密を知ったのである。
そうして全斗煥政権時代に入ると、プロレスはスポーツの舞台から脇へと追いやられた。金一の愛弟子で2004年まで現役選手として活躍したイ・ドギュ(51)氏は、「過激な手段で政権を手に入れた全斗煥*は、もっとも過激なスポーツであるプロレスを淘汰し、意図的にプロ野球やプロサッカーを誕生させた**」と話した。
10月25日に他界した金一氏は、結局この国でプロレスが復活するのを見ることはできなかった。それはプロレスが八百長であるからだけではない。プロレスが時代の変化についていけなかったからだ。プロレスの本場であるアメリカでは、有能なシナリオライターが刺激的でドラマチックな脚本を書き、プロレスラーはその脚本を俳優顔負けの“演技”で消化するのだ。
故人の霊安室で会った、わずか30数人の現役レスラーの一人、ナム・テリョン(39)氏は「われわれはスポーツ選手であり、タレントではない。能力のある選手が出てくれば、人気は復活する」と話した。
記者が幼い頃、初めて耳にした英単語である“ヘッドバット”の主人公である金一氏が、天国では頭突きの苦痛を味わうことなく、穏やかな時間を過ごしていることを祈るばかりだ。
イ・ギルウ/オンライン副局長(ハンギョレ新聞 2006年10月31日)
*1979年12月12日の軍事クーデターのこと。
**全斗煥政権は3S(screen, sports, sex)政策と呼ばれる愚民化政策を推進し、その一環としてプロ野球なども誕生しました。そのスポーツ推進政策からプロレスは除外されたということですね。ところでスポーツや映画の推進はわかりますが、SEXの推進って具体的にナニを行ったのでしょう?今度ヒマがあったら調べてみます。