韓国で今日、8月15日は“光復節”という祝日です。意味は読んで字のごとくです。
そんな祝日の朝っぱらから、みなさまのNHKは新興宗教、靖国神社の報道を垂れ流しておりました。(わかりきっていたことでしたが)「もうエェっちゅーねん」と思いながら韓国のテレビ局にチャンネルを変えて天気予報や国内ニュースなどを見ておりましたが、そこでも“速報で”ヤスクニのニュースが入ってきました。
そこでキャスターの一言。
「小泉首相は国内問題の公約に関しては守らなくても“たいしたことない”と発言したことがあるそうですが、ヤスクニ参拝という国外的にも大きな波紋を起こす可能性の高い公約に関してはちゃんと守るんですね」
え~ぞ~。もっとゆうたれぇ~。
(どのチャンネルか忘れてしまったが、グッジョブ!)
なんでそんなに靖国参拝を強行しちゃうかなぁ。
まぁ、
財政難の靖国神社(朝日新聞/2006年8月12日)は若者などの新たな信者獲得に必死なんだろうなぁ。で、天皇がダメなら首相の参拝でハクをつけておきたいと。(おや?これって
統一協会のイベントに、岸信介元首相のお孫さんであられる安倍晋三内閣官房長官をはじめとした有力政治家が祝電を送るのと同じような図式ですね)
そんなことを思いながらハンギョレ新聞を見てみると、東京大学の高橋哲哉教授のコラムが月イチくらいのペースで連載されておりました。う~ん、ハンギョレ新聞、グッジョブ!
以下は7月3日に掲載されたものです。それではどうぞ。
靖国の“感情の錬金術”/高橋哲哉
昨年4月、靖国神社をめぐる政治・思想的問題に関する見解を整理し、本(『靖国問題』筑摩書房)を出した。その中の“感情の錬金術”という表現に対して、さまざまな反応があった。
靖国神社は戦死した軍人・軍属を神として祀り、“天皇”がそこに参拝してその功績を最大限に称賛する。戦死とは“国と天皇のための”名誉の死であり、靖国の英霊は帝国臣民の最高の模範と呼ばれた。このため戦死者遺族は本来、悲しみに耐えなければならないところだが、むしろ誇りだと思うようになる。そして家族の戦死と戦争を恨むのではなく、肯定するようになる。遺族の悲しみを喜びに180度転換させる靖国の機能を、私は“感情の錬金術”と呼んだのだ。
「遺族の感情がそのように単純なわけがない」、「悲しみがそのように簡単に喜びに変わるとは考えられない」などの反論も少なくなかった。私も実際に遺族の感情がそのようにきれいになくなるとは思わない。だが、当時の資料を見れば、息子・夫が靖国に祀られた母・妻は内心はどうであれ“感激の涙があふれる”ようになっている。これが帝国臣民の当然の姿とされていたのだ。
当時、百万部以上発行されていた女性雑誌『主婦の友』1944年1月号に掲載された「軍国の母を訪ねて」という記事が典型的な例だ。高知県の山奥の貧しい村で貧困と重労働に耐えながら4人の息子を陸・海軍の将兵として育て、そのうち3人の息子が靖国の英霊となった筒井マツという女性がいる。雑誌社が取材した「軍国の母顕彰式」で、表彰状を受け取った彼女の家を記者が訪ねた。
20歳で貧農青年に嫁いだ筒井は開墾、除草、牛の世話、養蚕、漂白などの仕事を必死にしなければならなかった。16貫(1貫は3.75㎏)の肥え桶や20貫の米俵を担いで肩の皮膚が剥ける痛みに耐えて働きながら子どもたちを生んだが、不幸にも夫は肺炎でなくなった。
最初、長男の戦死通知が届いたとき、彼女は働いていた桑畑の茂みに倒れて日が暮れるまでじっと空を眺めていたそうだ。続いて次男の戦死。しかし筒井は息子が靖国に祀られる合祀祭に招待され、参列したときの経験をこのように話した。
「恐れ多くも天皇陛下が参拝される姿を見た。私たちのような卑しい山奥出身者は、たとえ70、80まで生きても病などで死ねば山奥の狸も泣いてくれない。それなのにお国のために死んだということで、天皇陛下まで参拝していただける。とてもうれしく、ありがたいことだと雷に打たれたかのように悟った。つらい気持ちもきれいに消えて、子どもは永遠に生きていると思えるようになり、気持ちも晴れた」これこそが感情の錬金術だ。筒井の悲しみは雷に打たれたかのように劇的に正反対の感情に変わったのだ。
そこで私は思った。靖国の感情の錬金術は、朝鮮半島出身の合祀者の遺族にはどう作用したのか?そして遺族はそれをどう受け止めているのか?現在、韓国の遺族には合祀取消しを求める重要な訴訟が提起されている。合祀取消しの実現のためにも当時の実態を知る必要があるのではないだろうか?