私が最近よく読んでいるハンギョレ新聞(残念ながら日本語版はありません)に、立教大学の李鍾元(イ・ジョンウォン)教授が月イチくらいのペースで寄稿されています。いや~、私、この教授のファンなんですよ。切り口スッキリわかりやすい、かつ考察は深い。しかもネットウヨからは「反日サヨ教授、
キイキイ」と言われている。ちくしょ~、立教大学の学生がウラヤマしいぜ。
私が大学院で専攻した分野とは違うのですが、『
東アジア冷戦と韓米日関係』(東京大学出版会)はたいへん興味深く読みました。(定価が¥ 5,670もするので大学の図書館にリクエストして読みましたけどね)
お玉さんも先日、「東北アジアの平和を考える講演会」に参加され、この教授の講演を聴かれたそうですが、うらやましィ~。
てなことでクヤしいので(←意味不明)、李鍾元教授のハンギョレ新聞への寄稿文を随時、(勝手に)翻訳してブログに載せていこうと思います。以下は今年の5月7日に掲載されたものです。それではどうぞ。
「みどりの日」から「昭和の日」に/李鍾元
日本のゴールデン・ウィークが終わった。今年は飛び石になったが、年次休暇も利用すれば10日程度の長い休暇期間になる。一年のうちもっともいい季節でもあるため、全国の高速道路が“駐車場”になってしまう。行楽地がにぎわう一方で、真摯な集まりが各地で開かれるシーズンでもある。連休半ばの5月3日が憲法記念日、つまり1946年に制定された“平和憲法”を祝う日だからだ。
このゴールデン・ウィークが来年から姿を少しばかり変える。連休の始まりは4月29日の「みどりの日」だが、その名称が来年からは「昭和の日」に変更される。元々は「天皇誕生日」だった。1989年1月に昭和天皇(裕仁)が崩御し、その年から「みどりの日」に変わった。当初から「昭和記念日」にすべきだという主張があったが、反対論が多く、非政治的な名称に落ち着いた。その時でさえ日本が「昭和」という時代に対する複雑な感情、裕仁の歴史的評価に対する躊躇があったといえる。1992年から「昭和記念日」制定運動が自民党議員を中心に始まったが、慎重論が強くなかなか実現しなかった。
しかし、90年代末から右傾化の波がここにも押し寄せた。日本を「神の国」と呼ぶ森総理の政権下だった2000年に「昭和の日」法案が衆議院を通過したが、消極的な世論により廃案になった。小泉内閣の成立で自民党内の動きも活発になり、昨年5月、正式に名称を変える法案が通過した。その際は論争すらあまり起こらなかったことが日本社会の変化を示している。来年からは「昭和」という戦争の時代を「記念」する行事があちこちで開かれることになるだろう。
日本の平和憲法は今年で60年目を迎える。還暦を過ぎたこの憲法も来年以降は新しい姿に変わるかもしれない。もちろん、具体的な改憲までは少なくとも 3~4年がかかるだろう。憲法記念日特集で行われたマスコミ各社の世論調査を見ても、まだ「戦争放棄」を規定した9条の改憲には消極的な意見が多数派だ。しかし、改憲に向かう圧力はこれからますます強まりそうだ。
一番強烈な圧力はアメリカから来ている。憲法記念日直前の5月1日にアメリカと日本は日米安全保障協議会で在日米軍改編計画を最終的に確定し、それを発表した。「日米同盟の新時代」、「日米同盟の第三段階」というマスコミの表現は、決して誇張ではない。冷戦期の同盟である1954年の日米安保条約と自衛隊創設、ポスト冷戦初期の対応である1997年の日米新ガイドラインを経て、日米同盟の対象地域と日本の軍事的役割が世界的に拡大する第三段階が幕を開けた。今回の在日米軍再編の核心は、日米の軍事的統合と司令部機能の一体化にある。太平洋とインド洋全域を管轄地域とするアメリカ陸軍第一軍団司令部が移転し、同じ基地に同居することになった。朝鮮半島から中国、東南アジア、中央アジアからインド洋につながる地域で紛争が起こった場合、米軍の指揮下で日本の自衛隊が出動することが可能な布陣だ。
現行憲法ではそれが難しい。「非戦闘地域の後方支援」という名目で、その場その場の特別法で対処している。憲法改正、自衛隊派兵の常時立法が具体的に推進されているのもそのためだ。自衛隊を「自衛軍」に昇格させる自民党の改憲案について、ある日本のジャーナリストは「戦争を知る世代が退場すれば軍隊が戻ってくる」と言った。日本は「昭和」に戻っていくのだろうか?
李鍾元立教大学教授・国際政治