ハンナラの政治辞書を見ても「報復らしい」
『ハンギョレ21』[2009.06.26第766号]
[特集1]2001年の法案で「政派が違うという理由で捜査などの不利益を与える行為は政治報復」
▣イ・テヒ
「前回、盧武鉉前大統領の弔問放送の際には、国家元首を誹謗する内容まで生放送された。言論を弾圧する国で、そんなことが可能なのか」イ・ドングァン青瓦台スポークスマンが6月19日、青瓦台の春秋館で会った記者に言った言葉だ。この発言は韓国放送の「放送事故」のことを指していた。5月29日、盧前大統領の遺体を納めた棺が火葬場に入る直前、韓国放送のカメラの横にいたある弔問客がこのように叫んだ。「李明博の×××、復讐してやる!」
»2001年1月、李会昌ハンナラ党総裁(当事)が「私の辞書に政治報復という言葉はない」と、政治報復禁止法を制定すると表明した。写真=ハンギョレ/イ・ジョングン記者
復讐。報復。韓国の政治史を灰色に染めてきた単語だ。民主党は盧前大統領の逝去を契機に、政治報復禁止を法制化すると明らかにした。
政治報復禁止を制度化しようという提案は、今回初めて出てきたものではない。15代大統領選挙の金大中候補と李会昌(イ・フェチャン)候補の乾坤一擲を目前にしていた1997年8月、15代国会では政治報復禁止法案が発議された。発議者はイ・ゴンゲ自由民主連合(自民連)議員。大検察庁の公安部長やソウル地検長、ソウル高等検察長を経た人物だっただけに、その彼が出した政治報復禁止法は一層注目を浴びた。この法案には「政治的理念、所属政党および団体などの違いや、特定政党や団体に対する支持・反対などを理由に、不当に不利益を与える行為」を政治報復と定義した。この法案によると、李明博政権になってから盧武鉉前大統領とその周辺の親盧的勢力に起こったことは、明らかに政治報復と見なされる。
金大中・李会昌候補も報復禁止を提案
この法案では、政治報復をこのように分けて提示した。△公判請求前に被疑事実を公表し、情報・内偵・捜査に入った段階で、大統領、国務総理、大統領秘書室または国務総理秘書室から圧力がかかった捜査、△不正腐敗全般に対する情報把握や腐敗構造全般に対する十分な審査・分析を経た制度改善などの措置がとられていない状況で、政権交代後1年以内に政治家、政権交代以前の次官級以上の公務員を対象とした捜査公権力の動員。
1番目の定義によると、盧武鉉前大統領とその周辺に対して広範囲かつ執拗に行われた被疑事実の公表は政治報復だ。2番目の定義からすると、パク・ヨンチャ前会長本人や、彼が所有していた泰光実業に対して行われた税務調査を起点にした国税庁と検察による調査や捜査もやはり同じことだ。
しかし、イ・ゴンゲ元議員が提案した政治報復禁止法案は、不正腐敗をえぐり出すための事情や、政治報復の基準が曖昧だという理由で廃棄された。金大中候補(当事)は、このアイデアを受け入れ、1997年12月に「政治報復防止と差別待遇禁止などに関する法律」を提案した。核心は「政治報復を目的に、個人や政党、団体の政治活動を禁止したり、財産権を剥奪する遡及立法をしてはならない」という内容だった。しかしこの提案は、法案となるには至らなかった。
政治報復禁止法の提案は、2001年にまた復活した。提案者は大統領選挙への挑戦が2回目の李会昌ハンナラ党総裁(当事)だった。彼は2001年1月30日、「私の辞書には政治報復という言葉はない。政治報復禁止法をつくり、この国で続いている政治報復の根をつまなければならない」と主張した。当事のハンナラ党が準備した草案では、「所属を異にする政派という理由で捜査、税務調査、口座追跡などの政治的目的の不利益を与える行為」を政治報復と規定していた。しかし、ハンナラ党は政治報復に関する明確な法的定義を確定できず、党内の論争ばかりを繰り返して2002年に法案制定を放棄した。
イ・テヒ記者