李明博(イ・ミョンバク)大統領が先週19日、記者会見を開いて国民に謝罪し、21日には米韓追加交渉が妥結されましたが、市民はナットクしていません。
だって、
「4月合意で規制撤廃した内臓部分は修正されていない」んだも~ん!それに、
「米韓の輸出入業者が30カ月未満の牛肉だけを扱うよう自主規制」ってなんだよっ!
ということで、まだまだ市民の怒りは収まらず、ロウソクを手に集会・デモは行われています。
韓国:米産牛輸入制限「危険部位改善されず」市民、なお反発
毎日新聞 2008年6月22日 東京朝刊
なので、「終息に向かうのではないか」との韓国政府関係者の予測はまったくアテが外れたわけですな。韓国政府や警察発表をそのまま垂れ流しにするだけなら、わざわざソウル特派員が書く必要もねーじゃん、と思ってしまった朝日の記事(↓)。参加者が「500~1千人規模」って、ぷぷぷっ。この特派員はいったいどこにいたのでしょう?
韓国大統領、国民に全面謝罪 米国産牛肉輸入制限撤廃で
朝日新聞 2008年6月19日
え~っと、連日これらのロウソク文化祭関連の記事や、ブログ・掲示板などの書き込みが山のように出ております。片っ端から翻訳して日本の皆さまにお伝えしたところですが、何せ量が多すぎて追いつきません。
とりあえずハンギョレ新聞が出している週刊誌の記事を訳してみました。ま、この記事みたいな感じの‘ごく普通の市井の人々’がデモや集会に参加しています。それではどうぞ。
ハイヒールとベビーカーとネクタイと憲法1条
中小企業の社員であるチョ・ヨンスクさんが広場で何ら特別なもののない人々と一つになる過程、民主主義の新たな日々
▣文章/パク・スジン記者
▣写真/パク・スンファ記者
[カバーストーリー1部-燃え上がる炎]
5月29日夜7時、夕闇に包まれはじめたソウルの清渓広場。赤と青の巻貝型のモニュメントの前で花柄の赤いミニワンピースを着て、8cmのハイヒールを履いたチョ・ヨンスク(30)さんが一緒にロウソク文化祭に参加する友人たちを待っている。みなオンラインの女性会社員サークルで知り合った人たちだ。
チョさんのワンピースは、ロウソク集会に掲げられた鮮明でわかりやすい旗のようだ。彼女の話には切迫感と華麗さ、軽さと重さが入り混じっており、22回にわたるロウソクによる抵抗の複雑多端な内面が宿っているようだ。チョ・ヨンスクさんが語った。編集者
お互いに無関心な人々だったのに・・・
「mb(明博)を消せ!微笑みが美しい人々よ集え」このプラカードは勤務時間中にこっそりプリントアウトしたものだ。「私は10月に結婚を控えた、平凡な独身女性だ。中小企業の社員だ。結婚を目前に控え、最近はクーポンを利用してエステに通っていたが、今週はエステにも行かずにデモに参加した。5月2日に初めて集会に参加して以来、今日で15回目だ。家も職場も京畿道の盆唐(ブンダン/地名)だが、1日でも集会を抜けるのはイヤだった。他人の話ではなく、私自身の食に関する問題だからだ。仕事のためにとても疲れていたり、彼氏と結婚に関する大事な話をしなければならない時だけは参加しなかった。先週末、デモ隊が強制連行されたという話を聞いてとても腹が立ったので、今週は‘皆勤賞’だ」
今日は朝からDaumのアゴラ(agora.media.daum.net)をはじめ、あちこちで米国産牛肉の輸入衛生条件に対する長官告示が発表されるという噂が流れた。1人ではダメだと思い、すぐにネット上の女性会社員サークルにスレッドを立てた。毎朝、モニターの下の部分にウィンドウを開いておき、仕事の合間にショッピング・自己開発・会社情報などのさまざまな情報をやり取りする場所だ。
「今日告示されます。ベビーカー部隊も参加するというのに、黙って見ていられますか?集まりましょう!今日は重要な日です!危なっかしい街頭デモなんかする必要はありません!清渓川に集まりましょう!私が作ったプラカードを持って行くので、巻きウンコ(巻貝型モニュメント)*横のサーティワン前に集まってください!お願いします!」そして一言付け加えた。「ミニスカート部隊の力を見せてやりましょう!!!」
幸い、レスが15個以上ついた。「ジーンズを履いて出たんですが、一緒に参加してもいいですか?www」、「あの、清州(チョンジュ/地名)からでもOKですか?今日はミニスカートじゃないんですが、ピラピラスカートです」、「今日、光化門で夕方に友達と約束があるんですが、2次会はロウソクデモに行くことにします。でも私の友達は2MB(李明博)に投票した前科が・・・。私も今日はちょっとオバサンっぽいフレアスカートで、お肌の具合も最悪なのでちょっぴり涙っ。(ノ△・。)」
このようにコメントやメッセンジャー‘NATE ON’で連絡を取り合い、会員たちが集まることになった。以前からオンラインで仲良くなった人もいれば、初めて話す人もいる。午後7時。キム・ジンジュ(仮名)が9cmのハイヒールの音をコツコツ立てながら、まず現れた。キム・ジンジュは着くなり、ずらりと並んだ戦闘警察に向かって叫んだ。「戦闘警察が私のバッグを持っていったら黙っちゃいないからね!」彼女に続いてジーンズにピタT、きっちりとしたスーツ、キュートなミニワンピースまで多様なファッションの女性5人が集まった。今日の集会があるソウル広場に向かった。そこへ向かう道には戦闘警察がずらりと並んでいた。この日投入された警察だけで1万人だそうだ。‘集会’には初めて参加するというキム・ジンジュは、最初はバッグを死守すると強気に叫んだが、「私たち、ただ歩いてるだけなのに、なんで警察があんなにいるのよ・・・」と不安感を垣間見せた。
今日のソウル広場は特に人が多かった。ベビーカーに子供を乗せた家族連れも、やたらと目についた。全員が一斉に「告示撤回!交渉無効!」「李明博は退陣しろ」と掛け声をかけた。父親に肩車してもらっている小学生の男の子が一番大きな声で叫んだ。子供の周辺にいる人々が拍手をしながら水を渡した。誰もが以前はお互いに無関心だったが、ここではお互いを思いやる気持ちが湧いてくるようで、心が温かくなった。ちょうど江原道の江陵(カンルン/地名)から来たという女子中学生‘江陵少女’が壇上で自由発言をしていた。子供は長々と話す代わりに『美しい山河』という歌を歌った。
△‘ケータイジャーナリズム’が大活躍。人々は各自の携帯電話で現場を撮影し、送信することでリアルタイムに情報をやり取りしている。
「歌が本当に上手いな」
「中学生が江陵からバスに乗って来たんだってさ。そのことだけでも、李明博は何かを感じるべきじゃないのか?」
「だろ?食べたくないって言ってるのに、なんで食べろって言い続けるんだ?食べない自由もないのかよ?」
自分たちの雑談と、周りの人たちの雑談が入り混じった。
そんな中、おかっぱ頭の女子大生も力強く何かを話していた。時々、誰かが壇上で話をすれば、内容も内容だが、その人のスタイルに関心が向くこともある。あの子はもう少し髪にシャギーを入れたらステキなのに、などと考えたり、あそこの女性記者は服をもう少しパステルトーンのものにすれば似合うのに、顔が腫れてるけどもう少しほっそりすればかわいいのに、腫れを抑えるには小豆汁がいいのに、といったことだ。そのような妄想は、TPOに合った服装に常に気を使わなければならない私たちの職業病なのかもしれない。それにしても、民主化実践家族運動協議会(民家協)**のお母さんたちが出てきて「明博~」と叫んだときには目頭が熱くなった。昔の痛みをどれほど鮮明に思い出せば、あのように哀れで切々とした声で李明博大統領の名前を呼べるのだろうかと思った。
前に座っている大学生は、ビデオ通話をすると言っている。友達が田舎にいるらしく、この現場を携帯電話で直接伝えるそうだ。人々はあちこちで携帯電話やデジカメで撮影したり、送信したりしている。まさに記録の時代だ。制服を着た高校生は、6mmカメラを手にしている。「何を撮るの?」と聞くと「映画を撮るんだ」と答えた。米国産牛肉の輸入が全面開放されてから15年後、すべての人間が狂牛病で死を迎えた中で1人生き残った主人公の話で、映画『アイ・アム・レジェンド』のパロディだそうだ。この高校生は悩んでいると言った。「匿名にすべきかってことです。そうしなければ反政府人物としてブラック・リストに載るかもしれないでしょ?」これほど様々な人たちと会うだけでも楽しい経験だ。
夜8時30分になった。デモ行進をすることになった。普段は夜10時まで文化祭をした後に行進をするが、今日は座るとすぐに行進だ。毎回、集会の形式も、場所も、参加する人たちも変わる。人々は道に沿って進み、戦闘警察が塞いでいない道をずんずんと歩いて行く。月曜日に歩いた行進経路と、今日の行進経路はまったく違う。最初は文化祭だけだったのが、土曜日を基点にデモ行進に変わったのも違う点だ。人々は誰かが主導しているとは言っているが、実際には主導勢力はいないようだ。わざわざ前であのように騒ぐ団体の人たちがいるせいで、‘主導勢力’に関する論争が起きたのではないかと思える。ある俳優の言葉通り、市民の心と努力でスプーン一杯加わったような感じ。
今日は鍾路(チョンノ/地名)へ進むようだ。行進してみると、私たちのようにネットを通じて他の目的で知り合い、デモに参加している人たちも多いようだ。ネット上で知り合って、仕事のグチをこぼしたり、たまに合コンをセッティングしたり、メイクについて情報交換をしたり、仕事の情報を共有していた私たちがいつの間にか‘牛肉’を語り、‘李明博退陣’を語るようになっていた。
清渓広場も私たちが暮らす場所
△米国産牛肉の輸入に反対する‘狂った牛、お前の方こそ食え’という掛け声が、いつの間にか‘李明博退陣’に変わった。
デモ行進をしている私たちの横を20~30人の人たちが通り過ぎた。彼らは葬式のときに使う麻布の頭巾をかぶっていた。オンラインの財テク・サークルの人たちだそうだ。財テク情報を主にやり取りしていたこのサークルも、今では‘牛肉政局’に関する話が掲示板の主流を占めているそうだ。ある会員がスレッドを立てるとレスがずるずると続き、結局、オフラインで会って行進しようということになった。自動車の販売をしているというある男性は、「私は実は李明博大統領に投票しました。経済を立て直してくれることを願って。でも牛肉交渉は間違っていると思います。一番の基本である国民の食を担保に交渉をすること自体が間違っていたし、それによって道を塞ぐことも間違っていると思います」と続けざまに不平をもらした。彼は「女子中高生も連行されているのを見て、黙っていられなくなりました」と話した。
デモ行進をしている途中、私と同年代くらいの事務職の女性グループもよく見かけた。前を歩いている3人の女性は、銀行に勤めているそうだ。彼女たちも急に参加することになったのか、スーツ姿でハイヒールを履いていた。みんな私たちのように会社が終わってそのまま参加したようだ。「足が痛くないですか?」と聞いてみた。彼女たちは「このくらいは我慢しなきゃ」と笑いながら答えた。通り過ぎる人々の話を聞いてみると、上司の悪口から李明博大統領の悪口まで、いろいろと幅広くしている。結局、この清渓広場も私たちの暮らしている場所のようだ。
夜10時。鍾閣駅の近くへ進んだ。足首がしびれて、これ以上歩くことができなかった。先週の土曜日から連日、ハイヒールを履いて2、3時間歩いたので、足首が耐えられないくらい痛んだ。黄色いベストを着た医療奉仕団に足首の状態を話すと、すぐに湿布薬を塗ってくれた。そして筋肉テーピングというのもしてくれた。治療してもらったので、足首があまり痛まなくなった。「今日はこのぐらいにしておかないと」と思い、集会を抜けることにした。
5月30日朝。出勤すると、いつもと同じようにオンライン女性会社員サークルにアクセスした。キム・ジンジュが『憲法1条』***の歌をアップしていた。集会に初めて参加したキム・ジンジュは「大韓民国は民主共和国である」というこの歌を初めて聴いたと書いていた。この歌は(盧武鉉前大統領の)弾劾反対集会のときからよく歌われるようになった歌なのに。実際、キム・ジンジュは弾劾は自分とはあまり関係のないことだと感じていたそうだ。
首都圏の4年生大学に入学したものの、途中で辞めた私は、在学中はお金を稼ぐことに余念がなかった。コーヒーショップの接客、コンビニ店員、ナレーター・モデル、食堂を経営していた両親の手伝いまで。そうやってお金を稼ぐことに没頭していたため、政治に関心を持つ余裕があまりなかった。ところが弾劾問題のときは、なぜか同情心がわき、熱心にロウソク集会に参加した。キム・ジンジュもそのときの私と似たような体験をしているのだろうか。
いつの間にか、こうやって‘一緒に’
午前11時21分。昨日参加した集会現場の動画を‘李明博弾劾のための汎国民運動本部’のホームページでスクラップして、オンライン女性会社員サークルの掲示板にアップした。やはりコメントがついた。
「私はどこ?私たちはどこにいたっけ?www」、「1回しか行けなかったけど、彼氏とまた行こうっと!」、「私は昨日、夜遅くまで仕事してたから行けなかったの。(T△T)でも土曜は必ず行くから~!昨日は会う人、会う人に、この問題の深刻さについて話したの。でもまだ無関心な人が多いですね・・・゚・(ノД`;)・゚・」
そのすぐ後に、私が昨日お世話になったアゴラ医療奉仕団に関する文章がアップされた。医療奉仕団は、先週の月曜日にある女性が‘医療奉仕団を募る’というエントリーをアップしたところ、50分後にはもう15人が手を上げ、即席構成された団体だそうだ。その文章では「デモ参加者は脱水症状や疲労のため、ミネラル・ウォーター、イオン飲料、お菓子などが必要だそうです。うちの事務所に置いてあるお菓子を送りましょうか?」と提案した。コメントで募金を提案した。すると2時間後には20万ウォン(約2万円)が集まった。‘私の問題’には誰もが積極的になる。だからこんなに‘一緒に’なるのだ。
ハンギョレ21 2008年06月04日 第713号
* (←写真)う・・・。「巻きウンコ」と呼ぶにはちょっと、と言うか、かなりトンガリすぎているような気もしますが・・・。ソウル市庁から光化門への道の途中、李明博大先生がソウル市長時代に地元の商店主たちの猛烈な反対運動にも関わらず工事を敢行してソウル市のど真ん中に再現された川、清渓川(チョンゲチョン)沿いにこのモニュメントはあります。連日連夜、この周辺で善良なる市民によるロウソク集会が行われている昨今、このモニュメントは恰好の待ち合わせ場所・目印になっております。
** 軍事独裁政権により国民が抑圧されていた1985年12月12日、良心囚を支援するために結成された社会運動団体。
*** 大韓民国憲法 第1条
1. 大韓民国は民主共和国である。
2. 大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民より出る。